・・・ねぇ・・・(苦笑) 不思議な記事だなぁってのが正直なところでございました。 >ワーキングプアに陥っている状態を「戦争」に例え って言われても・・・(苦笑) なんでも戦争に例えればいいってもんでもないでしょ^^; >7年間、コンビニでアルバイトをしても時給は50円しか上がらない。そんな社会を壊さなければ、将来を考えられないという思いがある そう思うのであれば、コンビニのバイトやめて違う仕事したらいいのに・・・ わたしはコンビニのバイトしてた頃、大学生の4年間、ずっと同じ店でバイトしてましたけど、さすがにそこに7年いることは無いだろうなぁっと思ってました。 それに、同時期にバイトしてた人は、わりと社員さんになっていってました、3年くらいしたら、ね。 >戦争によってリセットしたい。戦争なら役に立てるかもしれない。そういう気持ちがあるのではないか 精神科医らしいですけど・・・どんだけヤブ医者なんでしょうね(苦笑) どこにそういう人がいるのか、物凄く見てみたいです。 きわめて稀な一例を出して、普遍化するのはよくないと思うのですけど・・・ 極め付けがすごいです。 >引きこもりは、労働を拒否している立てこもりでもある。しかも、誰の指導も受けていない。革命の拠点になるかもしれませんよ 護憲を語りながら革命(笑)ダメダコリゃ。 護憲でいくのであれば、わが国日本の象徴である天皇制(いうなれば国体)を護持するという革命からは最も遠く離れたところにいるわけですけど、ねぇ(苦笑) なんにしても、雨宮さんをありがたがっているのが、正直よくわからないところなんですよね〜。 なんだろ、若者の代表・・・転向者の代表・・・みたいな扱いですけど、この人ってものすごくレアケースというか、なんというか・・・ねぇ・・・前もその点触れたんですけども。 本人の精神衛生上目立ちたいだけなんじゃないなのかなぁって思ったり。 こんな微妙な記事が載るあたりが朝日新聞なんだなぁって思った次第です^^ |
でも、改憲して永世中立を目指せっていったいorz
>絶対的な正義を主張するもの同士の争いは、相手の殲滅に向かってしまい問題の解決にならないっていうことには同意です。
いい加減、人類は「原理主義」を卒業してほしいものです。
あと、雨宮さんは見ていて面白いし頭も良いのでしょうが、自らが発する旋律がありません。
場に応じて踊るのが彼女のスタイルなのでしょうか…。
閑話休題
「あなたはよく伊藤真に質問していますが、1度でも答えが返ってきた事がありましたか。どんなにいい質問であっても相手が答えなければ議論になりえないし、答えがないのに何度も質問を繰り返すのは意図は建設的であっても自説をだらだらしゃべっているのと大差ありません。 」
なんて批判を喰らっておりましたが、ついに伊藤真塾長が私の質問に答えるような形で、「憲法塾」に寄稿いたしました。
http://www.magazine9.jp/juku/061/061.php
伊藤塾長に感謝!!
とはいえ、長谷部教授の文章引用の仕方には少々納得がいかないのですが…。
因みに、「次回から、ジーン・シャープ氏の「武器なき民衆の抵抗」(れんが書房)などを参考にしながら、非暴力抵抗運動の可能性とそれが機能するための前提条件などについて考えていきましょう。 」などと書いておりますが、私の予想ではこのような事を書くのだと思います。
http://www.socius.jp/lec/21.html
あと、伊藤塾長は今回の「みんなのこえ」で私以外の投稿者から手厳しい指摘を受けております。
http://www.magazine9.jp/minna/maru_131.php
かなり鋭く、必見です。
衆愚代表さん、こんにちは。
絶対的な正義を主張するもの同士の争いは、相手の殲滅に向かってしまい問題の解決にならないっていうことには同意です。
私の場合、雨宮さんの活動や発言をみていると、何の脈絡も無いのですが脳裏に尾崎豊が出て来てしまうのです。
たぶん、それは無理だと思うんですよね。
雨宮さんの以前からの言動や行動を見るにつけ、過去の右翼活動や現在の護憲活動は信念云々ではなく、彼女の「居場所探し」のひとつなのではないかって、感じるところがあるんです。
それ自体については、わたしは何も思わないのですけれども、時代の寵児のような扱いをするマスコミやいわゆる護憲派の方々に対して、違和感を感じます。
卵が先か鶏が先かになるのですが、そういう需要があるために、さらに雨宮さんの居場所がつくられていく・・・っというかなんというか。
ニーズにあわせて、自分の意見が形作られているのではないのか?っとか。
いわゆるオピニオン誌ってのは、面白いですよね。
わたしもたまに、論座を読んでます^^
>正直よくわからないところなんですよね〜。
私自身は、「他の護憲派より文章が面白いから」だと思っていました。
実際、マガジン9条の彼女の連載を見る限り、話の切り口がけっこう斬新で、しかもそこそこ冷静なように思えたのですが…。
しかし今回の、
>>引きこもりは、労働を拒否している立てこもりでもある。しかも、誰の指導も受けていない。革命の拠点になるかもしれませんよ
という発言は、かなり頓珍漢です。
彼女はいったん、日本在住の護憲派と距離を置いたほうがよいと思います。
さて、次にこの赤木智弘氏についてなんですが、赤木氏は作家の高橋源一郎氏とも「応答」してまして、『論座2008年三月号』に両者の言い分が載っておりますので、お暇がありましたらお読みされるのも一興かと存じます。
とりわけ、高橋氏はこんな面白いことをいっておりましたので、抜粋いたします。
(以下は論座2008年3月号より抜粋)
――そういえば、(「『丸山眞男』をひっぱたきたい」を書いた)赤木智弘さんへの「応答」も、基本的には反論でした。
高橋:みんな自分が正しいと思っているから、応答が反論になるのです。赤木さんのいいところは、決して自分が正しいとは思っていないところだと思います。僕だって何が正しいのか、実を言うと分からない。だけど、正しくない者同士が交わす応答が唯一、正しい方向へ行く可能性を持っているのです。
アメリカとイスラムみたいな、主観的に絶対的に正しいと思っている者同士の応答が、戦争です。間違ったものがこの地上に存在しているのだから、殲滅するしかない。あの赤木論文への応答も、応答した人はそうじゃないと否定するかもしれないけど、基本的にはアメリカとイスラムの戦いのソフト版です。お前、間違えているよと。だから直せと。
何が正しいかなんて本当は分からないし、正しいことってたぶんつまらない。僕はこの4,5年、正しさの問題をずっと考えていて、話せば長くなるから結論めいたことだけを言いますが、正しい、正しくないで争って相手を殲滅するしかないんだったら、いっそ正しくないほうがいいんじゃないか、と。正しくないということで悩むのがいい。人間というのは正しさを求めて暴走してしまうので、この怪物を止めるには、「正しくないほうがいい」という足かせを置いてやるしかないんです。加藤典洋さんの『敗戦後論』や、内田樹さんの憲法論、中沢新一さんが9・11以後追究し続けている対称性の論理も、全部同じです。
(中略)
論理的に正しいというのは、人間の存在のエコノミー、経済学として考えると、全然よくないということは歴史の教えるところです。中沢さんも内田さんも加藤さんも、僕らの年代は、正しさでひどい目に遭っていますからね。それに、正しい人は間違ったことを言えないじゃないですか。正しいと確信するまで何も言えない。だけど間違えてもいいから、とりあえずしゃべってみることが大事なんです。
(抜粋修了)
最後に私の感想です。
・雨宮処凛さんは、再び外国(トルコやコソボあたり)に長期滞在・取材したほうがよい。
・朝日新聞はダメでも、朝日新聞社発行の『論座』はなかなか面白い。
の二本立てとなります。
