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昨日の続きのような感じでエントリ。
風邪薬が効きすぎてぼーっとしてるのでメモ程度ってことで。 普段あまり薬を飲まないので、いざというときに効きすぎで困るような・・・ 昨日のエントリで、 報道については原則自由とのことですので現在の選挙とほぼ同じような形の "国民投票報道"になりそうですね。 この辺の問題点は改めて指摘しようかと思います。 っと書いたのですが、国民投票報道がどうなるのかってのがさっぱり思いつかない。 これが通常の議員選挙であれば、選挙前であれば候補者同士の討論会があったり、 選挙に入ると、各政党代表が集まった"擬似"討論番組に、ニュースでの報道など、 それなりにイメージできるものがあります。 ただこれが憲法改正のための国民投票となると、 改正案を紹介し現行憲法と比較するといった報道や、 改憲派vs護憲派の討論などは可能でしょうが、 一応は建前として公選法では守られている"公正性"について、 誰がどのように判断するのかってのが疑問なわけです。 国民投票に似た形態の住民投票でいうと たとえば5年前の吉野川第十堰住民投票に関する報道では、 住民投票には法的拘束力はありませんでしたけれども 公平とはいえない、堰の建築反対に偏った報道がなされていたように覚えています。 現在のマスコミの論調からいうと、 朝日・毎日→護憲志向 読売・産経→改憲志向 新聞ではこんな感じで・・・ テレビだとそこまでははっきりわかれませんが、 コメンテーターや司会者によっては一方的な護憲報道、改憲報道がなされるでしょう。 今回の自公民の一致で"報道は原則自由"となったことによって、 護憲、改憲の公平な報道はあまり期待できないってのが正直なところで、 ますますわたしたち個々人の深い思考が必要になっていくのではないかなと感じています。 逆に、一切の公正性を無視した報道がなされるようになって、 わたしたち受け手が選択できるようにしてもいいのかもしれないのですけれども、 メディアの公正性を信じている人が多い現状ではちょっと無理なのかもしれませんね。 追伸 社民党さんに以下のような文面のメールで質問をしてみました。 お返事があるといいな。 はじめまして。 わたしは"普通に憲法について考えるブログ"というブログを運営している、あいおうと申します。 先日日本経済新聞の報道で、 自民党、公明党、民主党が基本的に合意した国民投票法について、 社民党の福島党首が、上程を阻止すると記者会見で語られたそうですが、 それはどういった意図があってのことか、教えていただけましたら幸いです。 憲法には改正について国民投票が必要と定められていることから、 改正手続きを制定することは憲法に則った行為だと思うのですが、 もし何か違う考え方があるのでしたらと思い、メールさせていただきました。 このメールの内容についてはわたしのブログで公開して、 社民党担当者様からの返信をお待ちしております。 もし、何か不都合がございましたらおっしゃっていただければ幸いです。 年末につき、何かとご多忙とは存じますが、 くれぐれもよろしくお願い申し上げます。 あいおう@普通に憲法について考えるブログ aiou_art@yahoo.co.jp http://aiouart.blog35.fc2.com/ 12月23日午後4時30分追記 東京新聞でこんな記事を発見。 テレビなど放送事業者を除外する理由がよくわからないので、ちょっと調べてみたいと思います。 |
天皇誕生日にお休みしているというのはなかなか面白い構図だなぁって思っているあいおうです(笑)
国民投票について定めるということは、憲法にもそっていることで、
憲法に順ずる形だと思うのですが、何か違う考えがあってのことだと思います。
週明けにも返事がないなら電話しますけど(笑)
国民の声を聞くというのであれば国民投票法の制定には賛成すべきだと思うし、
法案の内容が気に入らないというのであればそれは国会で修正されるよう努力をすればいいと思います。
民主党は自公民社の四党の合意でってゆってるわけですし。
なんでもかんでも反対ってのはちょっと違うんじゃないのかなぁと。
まぁそれもこれも理由次第だと思いますので、
社民党さんからのお返事を心待ちにしております(笑)
今回の国民投票法案は実質的に憲法改正を実現するための準備と考えております。我が党は日本国憲法の改悪阻止を党の基本方針としておりますので、憲法改悪につながる国民投票法案は必要無いと判断しています。
こんなところでしょうか?
しかし、日本国憲法の精神を守って必要以上の改正に歯止めをかける立場ならば、国民投票法案の審議の中で訴えるほうが現実的だと思うのです。今回の自民党の憲法改正に関してならば、一括投票ではなく条文ごとに分けよと言う一点で他党と共闘するというのはかなり有効だと思うのです。
従来から審議そのものに反対して、出来あがったものへの自分達の関与を否定することで責任回避的に立ち回られることを、万年野党の無責任体質ではないか疑問に思ってきました。
政治は理想と現実のバランスをとる作業ですから、最終的に出来上がったものは当初の自分の理想とかけ離れたものになることもあるかと思います。
自分を支持してくれている人に説明できない状態に追い込まれれば、審議途中に委員を辞任したりして抗議の意思を表明するのが精一杯でしょう。また少しでもマシなプランを作ろうと最後まで残っても(道路公団の時など)激しい非難に晒されます。
しかし例えばPTAの役員であったりマンションの管理組合の会長など誰かが皆の意見をまとめなければならない場面で、役員を引き受けることもせず自分の主張だけを声高に叫び皆の冷たい視線を浴びている人たちと、政界での社民党を重ね合わせてしまいます。
