いろいろなことについて考えています。
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なんとなくポスト小泉について考えてみる

安倍氏44%、福田氏19%…ポスト小泉、差広がる
 読売新聞社が17、18の両日に実施した全国世論調査(面接方式)で、小泉首相の後継に最もふさわしいと思う人を、自民党の5人から1人選んでもらったところ、安倍官房長官が44%で、他を引き離した。

 2位は福田康夫・元官房長官の19%だった。

 前回の5月調査より候補を絞ったため、単純比較はできないが、前月、安倍氏との差を詰めた福田氏が減少し、安倍氏への支持は増え、両者の差は広がった。

 福田氏が自民党総裁選に出馬するかどうか、はっきりしないことが影響していると見られる。

 安倍氏のトップは5か月連続。安倍、福田両氏以外では、麻生外相4%、谷垣財務相2%――の順だった。自民支持層では、安倍氏が63%で、福田氏の19%を圧倒している。


ポスト小泉支持率、安倍氏41%・福田氏17%で差が拡大
日本経済新聞社が16―18日に実施した世論調査で、「次の首相」として安倍晋三官房長官を支持する回答が5月の前回調査より8ポイント上昇して41%となった。2位の福田康夫氏は前回より4ポイント低下の17%で、両氏の差は12ポイントから24ポイントに広がった。

 安倍氏の支持が増えた背景には、9月の自民党総裁選への出馬を事実上表明し、政策面で独自色を打ち出しつつあることが評価されたとみられる。麻生太郎外相は3%、谷垣禎一財務相、与謝野馨経済財政担当相、河野太郎氏の3人は1%で、いずれも前回と同じ。有権者の支持が「安福」の2強に集中する傾向は変わっていない。


っというわけで、世論調査では"安倍さん"を推す声が大きいっていう結果がでています。
わたし個人としては麻生さんが好印象だったりするんですよね。
直接話を聞いた印象では。
直接っていっても、街頭演説とかその類ですけど(笑)

そんなわたしの勝手な印象はさておき"ポスト小泉"とやらの課題はというと、まずは財政改革なんじゃないですかね。
とにもかくにも国の赤字体質をどうにかしなくてはいけません。
わたしんちの家計も赤字体質でボーナスから切り崩すという一番貯蓄ができないパターンにはまっていましたが(笑)こたびの給与UPでどうにかバランスがとれるようになりました。
これで胸を張ってのみにいけます・・・シクシク。

だなんて、うちの家計はさておいても、なんせ税収が伸びないと抜本的な解決策にはならないと思うんですよね~。
もちろん公務員削減だとか、その他モロモロの国の腐った体質の改善は当然のこととしてね。
んじゃ、税収を伸ばすためには何をしなきゃいけないかっていうと、景気を回復させなくてはいけないと。
消費税のUPもありうるでしょうが、もし消費税をあげるのであれば生活用品などは低めの税率、もしくは無税にして、嗜好品などを高い税率すると。
でもそれってのはその場しのぎの解決策で、基本的には景気を回復させて税収のUPを図らなければいけないんでしょう。

で、景気を回復させるためにはどうしたらよかんべって話になるのですが・・・
まだ、総裁選に誰が出馬するのかはわかりませんので、立候補者が決まった際に、各候補者の主張をとりあげてみたいと思います。


次の課題は、年金や医療制度改革・・・になるんですかねぇ。
少子高齢化も含む福祉政策が問われると思います。

わたし思うんですけど・・・年をとってもある程度収入がある方っていらっしゃいますよね。
わたしの義理の父もそうなんですけど、結構稼いではるんですよね~。
それで年に数回海外旅行に行ったりして。
いや、それが悪いこととはいいません。
一生懸命働いてきたご褒美なのかなぁっとも思います。
んで、うちの義理の父・・・年金を思いっきり貯金してるんですよね(笑)
これどうにかなりませんかね^^;
わたしにくれるとか(笑)
そうしたら、もう一人くらい子供作ってもいいんですけど、今、男の子2人でようやく収支がとんとんになって、これでもう一人子供を作ったら、間違いなく赤字確定なんですよね^^;

なんっていうのは贅沢な話かもしれませんが、子育て世代にお金をまわすってことが、一つのキーになるんじゃないのかなって思ったりしています。
直接的にお金を配布するのではなくって、子供の控除額を拡大するとか、ね。
もしくは、子供が3人以上いる人へなんらかの優遇措置をとるとか。
あと、3世代同居の家族にも優遇措置をとったり、核家族化を防ぐ方針にすれば、意外と、うまくまわることが多くなるんじゃないのかなと、思っています。
介護にしても、子が親の面倒をみたり、逆に育児の場面では、祖父母が孫の面倒をみたり、ね。

医療改革はどうなんでしょうねぇ。
わたしはあまり病院にかからないのでなんともいえませんけど・・・
バカは風邪引かないのとおり、ここ数年病院なんていったこともありません。
ただ、前職の時に、しばらく病院に通っていたっていったらへんだなぁ、まぁ、よく行っていた時期があったのですけれど、確かにじーさんばーさんが多かったんですよね(笑)
わたしの父方の祖父母はあまり病院に行ってないみたいなので、さっき電話して最近の病院での老人事情を聞こうとしたのですが、何も得られるものはありませんでした^^;
要勉強ですな。
ただ、子供の医療費は12歳まで免除して欲しいなぁだなんて、思いました。
そうしたら、もっと子供を産む人が増える・・・はず(笑)
ただでさえ、うち、赤字なのに・・・って、しつこいか^^;

ま、なんせ、このへんも、各候補者の違いがあるのかどうか、ですね。


ただ、ですね。
実はこのへんって、誰が自民党の総裁になってもそんなに変わらないんじゃないの?って思うわけです。
んじゃ、どこで差が出るのかというと、おそらく外交問題になってくるのではないでしょうか。


ってところで、この項、次回に続きます。
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イタリアでの国民投票の結果・・・憲法改正否決

イタリア憲法改正案、国民投票で否決・反対票61.7%
 【ロンドン=野沢正憲】イタリアで26日に実施された憲法改正を巡る国民投票は即日開票の結果、反対票が全体の61.7%を占め、改正案を否決した。野党中道右派が推進する地方への権限委譲などが柱だったが、反対を呼びかけた与党中道左派に支持が集まった。

 改正案は警察や教育の行政権限を中央政府から州へ移すほか、首相権限を議会の解散や閣僚の罷免などへも拡大する内容が盛り込まれていた。だが与党は地方分権の推進を「南北の貧富の差の拡大を招く」と主張したこともあり、南部では改正案への反対票が7割を超えた。

 一方で首相に権力が集中することにも国民が拒否反応を示した形。現行憲法は第二次大戦時のファシスト政権の反省から権力分散を意図した「平和の象徴」としての意味合いを持つため、抜本的な改正には抵抗が強かったもようだ。
-日本経済新聞-



憲法を変える変えないを自らの手で選択できたイタリア。
結果がどう転ぶかは別にして民主主義国家としてあるべき姿なのかなと思いました。
今回のイタリア憲法改正は"抜本的な改正"だったそうですが、憲法改正限界説とのからみはどうだったんですかね。
イタリアではそのようなことは言わないのかしらん。
さういへば、ドイツはドイツで基本法を改正してPKO・PKFなど国際貢献活動での海外派兵が可能になっていたりして。
これも憲法改正限界説とは相容れるものだったのかどうか。

日本も同様で、平和主義に立地した9条の変え方があるように思います。
9条を変えること=平和主義の破棄ではないですよね。

戦力の保持を明記し自衛のためにのみ戦力を使用することを宣言する。
国際貢献の為に自衛隊を活用することを明記する。
これって平和主義と相反するものではないように思うのですが、いかがなものでしょうか。


ってなところで、お仕事に戻りたいと思います。
今日も泊まりだよ・・・シクシク
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ここのところ死刑について・・・
ここのところ"死刑"について考えるような出来事がたびたび起きます。

山口県光市の本村さんの事件もそうですし、広島市の女児殺害事件もそう。
そのたびにわたしは、死刑で仕方ないよなぁ・・・っと、思うわけで。
正直、殺人したヤツは基本的に死刑でいい。
無期懲役だなんていっても、20年弱で出てこれちゃう。
今、だいたい殺人罪って、懲役15年前後が"相場"ですけれど、実際は7~8年で出られます。
趣味というか、興味があって裁判所の傍聴(刑事・民事問わず)をずっとしていた時期があったのですが、人を殺しておいてこいつ何も反省しとらんやんってヤツが、懲役15年。
小学生の女児にわいせつ行為をしようとして抵抗されたので絞殺したヤツが懲役13年。

人権云々おっしゃる方がいらっしゃいますけど、人を殺しておいて人権って言われてもね・・・そんなに人権が大事だったら、他人の人権も守ればよかったじゃんっと思わざるをえない。
わたしは人を殺す予定は今もありませんし、今後もないですけれど、うちの子供や奥様がなんらかの形で殺されたら、間違いなく殺しに行きます。
それで自分自身が罪に問われて死刑になってもかまいません。
更正の余地があろうがなかろうが、そんなもん知ったこっちゃありません。
だいたい更正して欲しいなんて、思わないし。
更正して・・・反省して、子供や奥様が戻ってくるのだったらいくらでもして欲しいけど、何やったって戻ってこないわけですから。
これが"一般的な感情"ってやつなんじゃないのかなぁ。
もちろんそう思わない人がいるのも自由ですけれど、死刑を望む人を人権意識が低いといった批判をするのはちょっと違うように思います。
人権が絶対ではなく、人間が絶対・・・ですから。
人権至上主義ですべての人間が幸せになれるかというとそうではない。
人権がすべての人に等しくあるってのは正直うそだと思います。
加害者の人権と、被害者の人権。
どちらを優先すべきかといえば、もちろん模範解答は"どちらも"なのでしょうけれども、どちらもなんて、ありえないわけで、わたしは被害者の人権をまず優先することを望みます。

今の被害者犯罪被害者の現状をこちらで。
一部引用いたします。


被害者より優遇される「加害者の保護」

 例えば、被害者の会に岡本真寿美さんという28歳の女性がいます。岡村さんは6年前、22歳の時に男に襲われ、前身に大火傷を負いました。同僚の女性と一緒に食事に出かけた翌日、その同僚につきまとっていた男に因縁をつけられ、いきなりガソリンをかけられ、火をつけられたのです。
 火傷は全身の90%に及びました。幸い一命はとりとめましたが、この6年間に23回もの皮膚移植手術を受けなければなりませんでした。加害者に支払い能力がないため、慰謝料はもちろん医療費さえも受け取ることができません。岡本さんの両親のもとには、入院先の病院から毎月100万円もの請求書が届きました。
 2ヶ月間役所に通い、事情を説明し、ようやく岡本さんは生活保護を受けられるようになりました。生活保護を受ければ、医療費は無料になるからです。
 しかし病院は、生活保護が認められるまでの治療費合わせて465万円分の支払いを岡本さんに求めました。この経緯について、岡本さんはこう話します。「病院に行くたびに払え、払えと言われます。犯人から、一度だけ“私が払います”という手紙が来ましたが、それを病院関係者に見せると、“あなたが刑務所へ取りにいけ”と言われました」
 さらに驚いたのは、岡本さんは夏の暑い日でも「クーラーをつけてはいけない」と福祉事務所の担当者から言われたといいます。
 岡村弁護士がさらに説明しました。
「生活保護を受けるには、一定以下の生活レベルでなければいけない。だから、かりにお見舞いでクーラーをもらってもつけてはいけないというのです。岡本さんは、皮膚が火傷で全部ダメになってしまっていて、汗の出る場所が背中と膝下しかありません。だから体温が下がらなくて、意識がもうろうとなり、それで病院に担ぎ込まれたこともあります。クーラーがなければ本当に大変なんです」
 そこで岡本さんらが「倒れたり、死んだりしたら責任をとってくれるのか」と抗議し、ようやくクーラーの使用を認めてもらったそうです。
 同様に、お母さんの車を借りて病院に通うことも「生活の質が高すぎる」という理由で、最初は許されませんでした。皮膚がないために、歩いていると股ずれで出血してしまう岡本さんに対しては酷な話です。岡本さんの事情を担当者らがよく識っていてくれればこんなことは起こらなくて済むのですが、担当者が訪ねてくる時は、岡本さんの事情を知るためというより、「生活の質」を確認するためなのだそうです。しかも、来訪は突然、行なわれるそうです。
「加害者は懲役6年ですから、もう刑期を終えて出てきているはずで、岡本さんは“お礼参り”されるのではないかという恐怖にさらされています。誰が来てもびくびくしている。だから『事前に連絡してほしい』といっても『突然行かないと、どんな質の生活をしているかを確認できない』というのです」
 と岡村弁護士が代わって説明しました。
 被害者に対するこの冷たく疑り深い扱いとは対照的に、加害者に対する“保護”は行き届いています。98年度には、判決に至るまでの間だけでも食費が約40億円、拘置所での食費17億円のほか、7000万円の被服費と3億3000万円の医療費が使われています。これに国選弁護人の費用46億7000万円を加えれば、ゆうに100億円を超えるお金が加害者のために使われています。
 岡本さんにガソリンをかけて火をつけ、返り火を浴びた犯人の火傷は国の費用で治療されました。他方、岡本さんに唯一支払われているのは生活保護費です。しかし、これだって刑務所から出てきた加害者も、生活能力がなければ受けられるのです。肉体と心に深い傷を受け、治療費の支払いに苦しむ被害者。それに比べて、加害者はなんと優遇されているのでしょうか。


国が死刑を認めないのであれば、仇討ちを認めなければなりません。
殺しの連鎖を防ぐために、重ねての仇討ちは禁止した上で。
(江戸時代も確かそうだったような気が)

厳罰の抑止効果について疑問を持つ方がいらっしゃいますが、たとえばスピード違反即死刑であれば、スピード違反をする人って絶対にいなくなりますよね。
そこまで極端でなくても飲酒運転だって、先だって道交法が改正され、厳罰化したとたんに減少しています。
殺人=死刑・・・もしくは殺人=仇討ちであれば、リスクを犯してまで殺人を犯す人は皆無にはならないでしょうが、殺人が減ることは間違いありません。


閑話休題
大地さんのブログや、RRさんのブログでも取り上げられていましたが、宗教者の方に死刑反対の方が多いのが不思議でなりません。
一見、理解はできるんです。
被告人の救済といのはわかりやすい名目ですから。

ただ・・・ね、宗教者の仕事ってちょっと違うと思うんです。
この週刊日記の方は真宗の僧侶の方だそうですが、ものすごい勢いで死刑に反対しています。
その理由に対する批判は大地さんとほぼ同感なのですが、わたしはさらに、お坊さんでしたら"死刑回避"っていう"現世利益"にこだわらず、むしろ来世での救い死を受け入れて浄土への往生を諭すのがお仕事なんじゃないのかしら?っと思うわけで。
現世利益にこだわるのは学会さんだと思っていました。むしろ罪を悔いて刑に服し救済を願う。
そのときに"南無阿弥陀仏"っと唱えることで、阿弥陀様が浄土に連れていってくださるのではって。
そう諭すことが真宗の僧侶の仕事であって、死刑・・・厳罰化に反対するのが本来の仕事ではないと、感じたりとか。
なんか、ちょっと・・・ずれてる気がして。

結局、この真宗の僧侶の方がおっしゃってるのは、実際にあってみていい人っぽくて、ふつーの人だから死刑に反対ってだけで、それ以上のことは言っていないし、被告に対して救済浄土への往生を諭そうとしていないわけで、お坊さんってそんなもんなんかなぁ・・・って、わたしは思ってしまいます。

この方に限らず、死刑反対運動をされている他の宗教者の方のサイトをいくつか訪れてみたのですけれど、どこも同様にわたしは感じました。
(あくまでもわたしの主観です)


そんなとこで、死刑反対も結構ですけど、世の中には死刑を望む人がいるってことも理解していてほしいなとおもった、あいおうでした。

われながら、まとまりがありませんが、今日はここまで。


6/27午後10時12分追記
北の僧侶さんの指摘を受けて修正いたしました。
北の僧侶さん、ありがとうございました。
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わたしが政府に甘い理由?
っというと変なエントリのタイトルですけれども。
こういうブログを運営しているといろいろなニュースについて考えることが多くなります。
で、わたしはというと、どちらかというと今の政府よりな考え方をする傾向があるんですね。
ある人々にいわせれば"小泉劇場に洗脳されている"という風にレッテルを貼られるかもしれないのですけれども、これは昨今に始まったことではないわけで。

たとえば自衛隊のイラク派兵にしてもそうで、ほんまはあかんことかもしらんけど、イラク復興のためにはいかなあかんやろって、まず、考える。
で、わたしが批判するのは自衛隊のイラク派兵そのものではなくって、武器の使用基準が警察官職務執行法に準ずることになっていて、任務遂行に応じた武器使用が認められていないことで、政治家さんたちは、自衛隊さんたちが死んでもかまわんの?っていう部分だったりします。
これはイラクに限ったことではなく、カンボジアPKOの際にも同様のことを考えていました。

でも、イラクの復興支援ってのは大事な作業で、しかもそこに民間人が足を踏み入れることはかなり危険なため、自衛隊が中心となって活動すべきだという考える。
放っておいていい問題じゃないよねって。
(もちろん放っておいてよくない問題はまだまだ他にもあるのですが)

また、今回の福井総裁の村上ファンドへの投資が問題化していて、民主党を中心に野党が政府与党を批判していますが、それについても、別にええやんそんくらいでガタガタ言わんと・・・自分とこの秘書給与の肩代わりはスルーで、福井総裁に辞任を求めるってどういうことやねんっと、ものすごくさめた目で見るわたくしがいたりしています。
そもそもまだ日銀総裁になっていない頃の投資行動を批判するのもどうかと思うし、今年2月に解約したことは非難されても仕方は無いとは思いますが、逆に、今も保持し続けていたらそれはそれで問題視されるわけで、んじゃ、どないしたらええねんって話ですよね。
むしろ今回の騒動を生かして、守るべきラインをきちんと決めればいい。

それだけじゃなくって、駐車禁止の民間委託についても、どんどん取締まってくれって思ったり(笑)
だって、都内の幹線道路を走るのに正直ものすごく違法駐車がうざいんですもん。
ここんとこちょっとだけ道路が走りやすくなっているので、移動が楽だったりして。
でも、天下りだったり、恣意的な運用とかがあったりするとよろしくないので、そこは注意していかなくてはいけません。

万事がこうで、基本的な路線については賛成しつつも、あとは運用面で不公平感や不正が起きないようにすればいいんじゃないの?って、わたしは考えるんですね。
これはなにも政治的なことだけではなくって、会社でもそうで、上司や経営陣の方針について主だったところでは異議は挟みませんが、実際の兵隊であるわたしたちがやりやすいようにわたしが運用いたしますよって感じだったり、高校や大学の部活でも、先輩のいうことはききますが、やり方はわたしに任せてくださいって感じで。
最終的に、部活ではわたしが主将になったので、指示をするほうになったんですけど、ま、それはそれで、うまくいっていたんだかいっていなかったんだか(笑)


んじゃ、なんでわたしがそのように考えるかっていうと、日本というか日本人に対するそれなりの信頼感みたいなものがあるから・・・だと、最近思うようになりました。
人間だからもちろん間違いは起こします。
それでも、大枠の方向性としては完全に間違った方向にはいかないのが日本って国のお国柄なのではないのかと。
近いところでは先の大戦での失敗がありました。
でも、戦後数十年で何故か経済復興して、世界有数の経済大国になってしまう。
300年以上続いた江戸時代。
平和な時代が続いたものの、世界の趨勢から取り残されることとなりました。
それでも文明開化を果たして、当時の五大国の仲間入りを果たしてしまう。
日本の歴史って、何か大失敗を犯してしまっても、どうにかこうにかリカバーしてしまう力強さみたいなものを持っているように思うんです。
だから、わたしは大枠として現状を是認しつつ、細かいところで茶々を入れて現状をよりよいものにしようと考える傾向にあるのかなって。

もちろん、何でもかんでも反対する人々がいるからこそ、わたしのような現状肯定型の人間が"生きてくる"わけで、結論としては様々な言論が許されている今の日本って、幸せなことで、だからこそよりよい国づくりができるんだろうなぁっということです(笑)


今日のところはこれでオシマイ。
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少しだけツッコミ
仕事の合間にちょっとだけマガジン9条にツッコミを入れておきます。

この人に聞きたいの天野祐吉さんへのインタビューですが・・・

そう。9条なんて最大の広告ですよ。だって、日本ってどういう国ですか、と外国の人に聞かれたときに、昔は「フジヤマ・ゲイシャの国」だったのかもしれないけど、富士山はともかく、もう「ゲイシャ」を売りにする時代でもないでしょう。「戦争を放棄した憲法を持つ国です」というのが一番わかりやすいんですよ。そんな国、日本のほかにはもう一国しかないわけだから。



もし憲法9条が広告であるのならば・・・JAROに訴えられますよね。
陸海空軍その他の戦力を実際には保持しているわけですから(笑)
また、国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄した国としては、日本(1946年、9条)、イタリア(1947年、11条)、ハンガリー(1989年、6条)、アゼルバイジャン(1995年、9条)、エクアドル(1998年、4条)の5か国があるわけで、決して日本だけではありません。

駒澤大学、西修教授のウェブサイトから引用いたします。

たとえば、イタリア憲法11条の規定は、次のようである。「イタリアは、他国民の自由に対する攻撃の手段、および国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄する。イタリアは、他国と同等の条件で、諸国家間の平和と正義を保障する機構に必要な主権の制限に同
意する。イタリアは、この目的のための国際組織を促進し、かつ助成する。」この規定の意味について、イタリア下院第1委員会委員長のローザ・ルッソ・イェルヴォリーノ氏は、2000年10月にイタリア下院を訪問した前記衆議院憲法調査会の代表団に対し、次のように説明している。
 「(同条項の意味するところは、)イタリアは武器を保有するが、それは戦争のためではないということである。これまで、イタリアは、コソボ、アルバニア、東ティモ-ル等様々な政治的、社会的問題を抱えている地域に対し、国際の平和及び安全を確保するため、積極的に派兵し、人道的援助を行ってきた。人道的支援に関しては、世界で3番目の実績を有している。つまり、イタリアの軍備及び軍隊は、このような人道的貢献をはかるためのオペレ-ションを展開するための軍隊として位置付けられてられているということだ。こうした政策を積極的に推進する背景には、国際の平和及び安全に対する世界各国の連帯意識を重視するイタリアの思想がある。」
 こうして、「国際紛争を解決する手段としての戦争」条項をもちつつ、同項は、、自衛のための国防組織をまったく否定しておらず、それどころか、外国に派兵して国際社会の秩序維持に貢献することを当然と考えている。なお、上記のいずれの国家も、憲法に国防・兵役の義務規定をほどこしている(イタリア憲法52条、ハンガリー憲法70H条、アゼルバイジャン憲法76条、エクアドル憲法188条)。
 このようなことから、「国際紛争を解決する手段としての戦争」に自衛のための戦争や武力の攻撃を含ませるのは、いかに国際的常識から離れたものであるか、一目瞭然であろう。樋口教授の述言「にもかかわらず・・・日本国憲法が、『国際紛争を解決する手段として』の文言に、あえて従来の意味こえる意味をもりこんだ、と解することは、許されないことではないだろう。」は、すでにほぼ150の国家の憲法に平和主義条項が設けられているという現実を考えれば、日本でしか通用しないあまりにもひとりよがりな解釈といわざるをえない。


もし、憲法9条が広告だとして天野さんがそのクリエイターさんでしたら、"嘘""大げさ""まぎらわしい"って感じで、わたしは確実にJAROにチクリたいと思います(笑)


上司が呼んでおりますので、今日のところはこのへんで・・・さぁ、今日も泊まってお仕事いたしますわよ♪
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小泉首相の靖国参拝訴訟 原告の敗訴確定

小泉首相の靖国参拝訴訟 原告の敗訴確定「法的利益の侵害なし」
小泉純一郎首相が平成13年8月、靖国神社を参拝したのは憲法の政教分離原則に反し、精神的苦痛を受けたとして、日韓の戦没者遺族ら278人が国や小泉首相、靖国神社を相手取り、違憲確認と1人当たり1万円の損害賠償を求めた訴訟の上告審判決が23日、最高裁第2小法廷であった。
 今井功裁判長は「本件参拝によって上告人らに損害賠償の対象となり得るような法的利益の侵害があったとはいえない」として原告側の上告を棄却、請求をすべて退けた2審・大阪高裁判決が確定した。歴代首相の靖国参拝をめぐる最高裁判決は初めて。
 1審・大阪地裁は公的参拝と認定した上で、憲法判断に踏み込まずに請求を棄却。2審は公私の別や憲法判断に触れず、原告側の控訴を棄却していた。原告側は戦没者を祭祀(さいし)するか否かについての決定権を侵害されたと主張していた。
 判決理由で今井裁判長は「人が神社に参拝する行為自体は他人の信仰生活などに対して圧迫、干渉を加える性質のものではなく、他人が特定の神社に参拝することによって、自己の心情ないし宗教上の感情が害され、不快の念を抱いても、被侵害利益として損害賠償を求めることはできない」と指摘。その上で「内閣総理大臣の地位にある者が靖国神社を参拝した場合も異なるものではない」と判示した。
 さらに、こうした点も踏まえ、「本件参拝が違憲であることの確認を求める訴えに確認の利益がなく、却下すべきことも明らか」とした。


ようやく首相の靖国参拝裁判についての判決が確定しました。
判決の要旨を読んでみても、当たり前のことが書いてあるなぁって印象です。

あいつの宗教が気に入らないからといって、それをやめさせることはできない。
ましてや損害賠償などとんでもない話・・・ってことですよね。
もしこれが認められたら、何でもありになっちゃうので、判決自体は妥当なものだと思います。

原告側としては、首相の靖国神社参拝が違憲かどうかということを、裁判所に判断して欲しかったのでしょうが、だからといって、このようなある種"言いがかり"的な裁判を行うってのはどうかなって思ったりとか。

もし本当に宗教上の感情が害されたのならばともかくとして、わたしにはそうは思えないんですよね。
裁判の為に裁判を起こしているような、ね。
原告にはキリスト教や仏教の宗教者の方もいらっしゃったようですけれども、その方たちは自分自身の信仰が絶対的で、他人の信仰はどうでもよいとでも思ってらっしゃるのでしょうか。
わたしはそんなに宗教について語れるほどの人間ではありませんが、小泉首相が靖国神社に参拝する"心情"・・・を理解しようとしない方が宗教者を名乗るってのはちょっとどんなもんかなとも思うわけで。

もしわたしが、あなた方の宗教について、不愉快だからやめてくれっていったらどう思うのか?

確かに、他の宗教で祀られることに対する拒否感はあることは理解できますが、昨日のエントリでも触れたように"靖国神社"ってそういう一般的な施設ではなくって、どちらかというと公共的なもで、様々な宗教の存在を認めています。
キリスト教の方であれば、靖国にいって祈りを捧げ、仏教の方であれば靖国でお経を唱える。
そういうことが禁止されているのであればともかく、実際には可能なわけですから。
ただ、それすら嫌だっていう人もいらっしゃるのも事実だとは思うんですけどねぇ・・・
わたしなんて、なんちゃって神道徒ですから、ものすごくアバウトで楽だったりします。

話は違いますが、去年の衆議院議員選挙だったかな?
自公推薦の候補者の出陣式がとある神社でございまして。
何故かわたしが会社の名代として出席したのですが、
公明党の方(創価学会の方)が、神社に入っていて、ものすごくびっくりしたことを覚えています。
その人が、こんなことめったに無いんやけどなぁ・・・って笑ってたのが、印象的でした(笑)

創価学会の是非についてはともかく、これくらいの感覚でいた方が、
宗教で変な争いにならずにすんで、よろしいのではないかと思いますね。


あと、違憲・合憲を争いたいのであれば、憲法を改正して、憲法裁判所を設置するように働きかけるほうが正道だと、わたしは感じました。
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靖国神社の非宗教法人化?
宏池会系勉強会で麻生氏「靖国、非宗教法人化を」

自民党旧宮沢派(宏池会)の流れをくむ丹羽・古賀、谷垣両派と河野グループの中堅・若手議員らでつくる「アジア戦略研究会」(会長・逢沢一郎幹事長代理)は22日、党総裁選出馬の意向を示している麻生太郎外相を講師に招き党本部で会合を開いた。
 麻生氏は靖国神社問題について、「国家のため自分の命を投げ出す行為を、国家が最高の栄誉をもって祭ることを禁止している国はない」と指摘。その上で「国がきちんとした形でやるべきことを一宗教法人にずっと渡していたのが問題だ」と述べ、非宗教法人化が望ましいとの考えを表明した。


麻生さんの意見には賛否両論あると思うのですが、古賀さんも同様のことをおっしゃられているのに麻生さんが言うとなぜか理解できてしまうのはどういう理由からでしょうか(笑)

わたしは、靖国神社の非宗教法人化っていうのは"あり"だと思っているんですね。
場合によってはむしろその方がいいのかなという気もします。
そして自衛隊で殉職された方もそちらに祀っていただくという。

ここで、先日産経新聞に掲載された、米ジョージタウン大学のケビン・ドーク教授の「靖国参拝の考察」という論文の一部を引用したいと思います。

小泉純一郎首相の靖国参拝はいまや現代の政治課題にされてしまったが、その靖国問題に少し距離を置き、歴史をさかのぼってみよう。一般に靖国をめぐる論議は戦後だけのことと思われているが、実際には戦前の1930年代にも似た現象があった。

30年代の日本といえば、多くの歴史学者は個人の自由が抑制され、特に宗教の自由は国家神道で阻害され、なかでも日本のキリスト教徒たちの自由や権利が、靖国神社により侵されていたとみなしがちな時代である。

 だが現実はそうではなかった。日本では明治憲法で保障された宗教の自由が第二次世界大戦中までも保たれた。戦時の日本の政界や学界では今中次麿、田中耕太郎両氏らキリスト教徒が活躍した。

 そんな時代の1932年5月、上智大学のカトリック信徒の学生たちが軍事訓練中に靖国への参拝を命じられたのを拒み、その拒否を同大学のホフマン学長も支持するという出来事があった。参拝が宗教の押し付けになりかねないという懸念からだった。

 だが、東京地区のシャンボン大司教が文部省や陸軍省に参拝が宗教的行事かどうかを正式に問うたところ、"参拝は教育上の理由で、愛国心と忠誠を表すだけで、宗教的な慣行ではない"との回答を得た。これを受け、ローマ教皇庁は36年5月に日本の信徒に向け、"靖国参拝は宗教的行事ではないため日本のカトリック信徒は自由に参拝してよい"という通達を出した。

 その結果、日本のカトリック教徒は自由に靖国を参拝するようになったが、ローマ教皇庁が事実上の独立国家として日本政府の"靖国参拝は宗教的慣行ではない"という見解を尊重したことの意味は大きい。日本国民の自国への独自の価値観や愛国心をそのまま認めたということだからだ。日本という主権国家の内部での慣行への尊重だといえる。

 しかも、さらに重要なのは教皇庁が戦後の1951年にも36年の靖国参拝に関する決定を再確認し、現在にいたっているという事実である。


このような考え方であるのならば、麻生さんがおっしゃられている靖国神社の非宗教法人化というものは現実味を帯びてくると思います。
で、実際問題として今の靖国神社もそんな感じですよね。
様々な宗教の方が様々な形で慰霊されているっていう。
本殿にお昇りになられて祭文奏上をされたカトリックの方々もいらっしゃったりとか、ね。
わたしが一度目にしたのは、お経を唱えてらっしゃる方でした。
靖国神社は異教徒を排除するものではないわけで、そういう意味で"無宗教"ではなく"多宗教"な場所ではないのかなと。
様々な宗教的な価値観をを認めることで、非宗教法人化できるのではないでしょうか?

日本の神道はいうまでもなく多神教です。
故に、すでにその素地はあると、わたしは感じています。
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なんとな~く
思うところがあって、ブログのタイトルを変えてみました。
ついでにテンプレートも。

ってのも、どーも、憲法について考えるのが窮屈になってきたんですよね(笑)
あやうくこのブログを放置するところでした^^;
ほとんど今までどおりだとは思いますが、
時事ネタとか、いろいろな話題をエントリすると思いますので、
今後ともおつきあいのほど、よろしくおねがいいたします。

では、早速・・・おやすみなさい(笑)
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国民投票法案、継続審議に 次期国会の修正協議焦点

国民投票法案、継続審議に 次期国会の修正協議焦点
 衆院憲法調査特別委員会(中山太郎委員長)は15日、憲法改正の具体的な手続きを定める国民投票法案の与党案と民主党案に対し各党が意見表明を行い、実質審議入りした。ただ、今国会は会期延長をしないため、与党と民主党などの賛成多数で両法案を継続審議とすることを決めた。共産、社民両党は両法案ともに廃案とするよう主張し、継続審議にも反対した。

 両法案では、国民投票の対象を憲法改正に限るかどうか▽投票年齢を20歳以上とするか18歳以上とするか▽投票用紙への記入方法をどうするか――などが主な相違点となっている。次の国会で、与党と民主党の修正協議が法案の成立に向けた焦点となる。

 この日の審議では、自民党の保岡興治・筆頭理事が「手続き法は、国会に憲法改正案が出されていない今やる以外にない」と指摘した。民主党も、憲法改正案の中身と切り離して審議することには応じているが、共産、社民両党も交えての修正協議を求めており、与党の期待通りに協議が進むかどうかははっきりしない。




というわけで、審議入りし、継続審議になったというニュースでした。
今国会はこれでオシマイ。
そして正式に、ポスト小泉の争いが始まります。
個人的には麻生さんに頑張って欲しいんだけれども、ちょっと目が薄いかな?
なんにせよ、日本の国益に適う人物が首相になって欲しいですね~。

もう一仕事、あるので今晩はこのへんでです。
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マガジン9条にツッコミ
マガジン9条のここが?だというところにツッコミを入れるマガジン9条にツッコミ。
今回はいろいろと軽くツッコミを入れて生きたいと思います。

まずは、この人に聞きたい・・・の、天野祐吉さんにツッコミです。

天野さんのおっしゃられていることは、間違ってはいないんです。
ただ、意図的に触れていない部分がある。
それがものすごく恣意的で、気持ちが悪いわけで。

国民投票案で、与党と民主党で合意した部分に広告の項目がございまして、
政党は無料でテレビやCMに意見広告を出稿することができます。
何故、そこに触れようとしないのか、わたしはものすごく疑問です。

以前のエントリで触れたように、
意見広告を数十億単位で出稿できる団体なんてはっきりいってありません。
天野さんがおっしゃられているとおり、テレビCMで効果があるのは、
短いキャッチフレーズで何度も反復して放送されるものです。
しかも、ゴールデンタイムなど、効果的な時間帯に放送されなければ意味がありません。

そこまでお金のかけられる団体って、あるのかどうか・・・わたしは疑問です。
政党は無料で広告を出せるわけですし、ね。
なんで、天野さんにしても、マガジン9条にしてもそこに触れないのか。
天野さんもマガジン9条の方も、きっと存じ上げた上で隠蔽しているのでしょうから、
そこが恣意的だと、わたしは思います。
もしご存知ないのでしたら・・・それはただの怠慢ですし、ね。

ですので、天野さんがいくら、広告の効果を語られても、全然意味がないというか・・・
でも、これに影響を受ける人もきっといるんだろうなぁと、思った次第です。


続いて、伊藤センセのけんぽう手習い塾にもツッコミ。

これまで何度も言ってきたように、憲法の本質は、「国家」の権力を制限して「国民」の人権を守るところにあります。


確かに、それはそうなのですが、
国家の権力を制限する側面のみをとりあげるのは、
あまりにも一面的すぎやしないかとわたしは思っています。

このブログでも、たびたび取り上げていますが、憲法には国民の義務が記されています。
国家の権力を制限するのが憲法の役目であるのならば、国民の義務を記す必要はありません。
また、最近ですが、アメリカでは同性婚を禁止する修正案が検討されていました。
結果的に否決されたようですけれども、国民の権利を制限することも、
憲法の役目の一つなんですよね。
アメリカでは禁酒法なんてものも実際に憲法に記され、その後削除されもしています。
だからといって、アメリカが立憲国家ではないとはいえないですよね。

国の主権者である、国民の権利を公共の福祉に反しない程度に制限することも、
憲法の役割であって、それを決めるのは、わたしたち国民なわけで、
んじゃ、それをどうやって判断するかというと、
結局は国民投票によって・・・でしかありえないと、わたしは思います。

あまりにも無制限に国民の権利を認めることは一方で公共の福祉に反するわけで、
公共の福祉を優先しすぎると国民の権利が制限されるのと同様、
結局は、そのときそのときのバランス感覚になってくると思います。
そういう意味で言うと、伊藤センセは、国民の権利を無制限に主張しすぎていて、
ちょっと独善的すぎやしないのかなぁっと、法律の素人のあいおうは思いましたとさ(笑)



ってところで、今晩はこれぎりでございます。
毎度のおつきあい、ありがとうございました^^
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右翼?左翼?
you tubeで、たかじんのそこまでいって委員会を見てました。
今の日本が右傾化しているかどうかというお話のパートを見ていて、ゲストとして、鈴木邦夫さんがいらっしゃってました。
鈴木さんは、筋金入りっていったら変ですけれど"右翼"の方です。
そして、右翼を自称してらっしゃいます。

んでまぁ、鈴木さんがいろいろといわはってたんですけれども、鈴木さんが"ネット右翼"といった形でカテゴライズされている人々って、右翼的意識がまったく無いと想うんですよね。
そこに対して、最近の右翼はなってない・・・自覚が足りないみたいなことを言われても、ものすごく的外れだとわたしは想うんです。

わたしはおそらく、左翼な方々からすればいわゆる"ネット右翼"の部類に振り分けられると想うのですが、わたし自身、自分が右翼だっていう気持ちはまったくありません。

んで、わたしから見ると、旧態依然とした右翼も左翼も、はっきりいって同じ印象を受けるんですよね。
どちらも内輪向けのわりとひきこもった団体で外に向けた発展性が無く、天皇を軸にしているかどうかの違いで、どちらも全体主義者である。

これはわたしの偏見的な目で見た印象なので、てんで的外れな気もしないでもないのですが、な~んかね、番組を見ていてちょっと違うんじゃないのかなぁって感じた次第です。


しかし、日本負けましたね~。
負けるとは思っていましたが、まさかあそこまで負けるとは思いませんでした^^;
でもなんだか、次は勝つ予感がするんですよね・・・
敗因は明らかですから、次、修正して、頑張っちゃってくださいませ。
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簡単にエントリ
今日は、おまけみたいなエントリです。

まずはこのエントリのおまけ。

李局長は、福島氏との会談で、ポスト小泉について「戦後日本の発展の道筋は(現行)憲法にあり、平和を守る道を維持していただきたい。そういう路線を継承する方を希望したい」との見解を示した。


中国共産党の局長さんの見解を受けての、社民党、福島党首のお言葉です。

自民党総裁選に関しては「憲法9条を守り、憲法を変えず、アジアとの中できちっと生きていく日本をつくる人が総裁に選ばれるべきだ」と注文。「今名前が上がっている人の中にそういう人がいるか。大変危機的な状況だ」と指摘した。


ぉぃぉぃ、そのまま発言するって、もう少し芸が無いんですかね(笑)
これでもまだ社民党を支持するという方がいらっしゃったら、
はっきりいえば、中国の手先を支持しているも同然だと思います。
もうちょっとねぇ・・・社民党の方々も考えればいいのに・・・


昨日のエントリのおまけ。
海兵隊員が炎上している車から沖縄男性を救出

5月29日に沖縄高速自動車道で、NHK沖縄の従業員の新城卓さんが乗る乗用車がバス停に激突し炎上。彼はすぐ意識を失った。数分後にブレント・スプーナー上等兵が炎上する車両に走りより、意識がない新城さんを安全な場所に避難した。


写真はかなり強面な上等兵。
でもこういうことは何故か"美談"としてニュースにはならない。
韓国人留学生なら"美談"になるのにね。

レイプ事件など犯罪が起きるからアメリカ海兵隊はでていけって、
おっしゃられている方々もいらっしゃいますが、
であるならば、在日外国人すべてに言わなければなりません。
わたしは、罪を犯す外国人もいれば、まともな外国人もいると思っていますから、
そんなことは言いませんけれども。

ちょっと、矛盾してるよなぁって思った次第。



今日は、こんなとこです。
おやすみなさいませ~。
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日本の、これから「米軍基地について考えたことはありますか
家のことをしていたので最初から全部は見られませんでしたが、一応は一通り見られました。
細かいことなどは他のブログなどなどにUPされると思うので、わたしがここでエントリするほどのことではないのですけれども・・・


あの番組ってどうやったら出演できるんですかね(笑)
後ろの方々とか、検索したところわりとヒダリな市民団体に近しい方々が出演してらっしゃったような。
出演者募集とかしてたら、ものすごい勢いで応募するんですけど^^;

内容はともかく、あの番組は右な方にも左な方にも不評だと思いました。
ですので、逆説的に"中道"なのかなという気がしないでもないわけで。
額賀さんや、森本さんの発言が結構あって、そういう意味で左の人から不評。
VTRのつくりがあからさまに反米視点なので、右の人からも不評。

わたし個人の感想としては、もう少し三沢基地とか沖縄だけじゃない違う基地を取り上げて欲しかった点が不満でした。
あと、小林よしのりさんが、冷静でまともな発言をしていたのが意外だったり(笑)

ものすごく細かいところになるんですけど、沖縄の人だったかなぁ、あれは。
琉球王国は外交で栄えたなんていってた人がいたけど、それって嘘ではないけど、ちょっとミスリード気味のような。
栄えていたのではなくって、中国にも薩摩にも隷属していた・・・奴隷の平和だと思うんだよなぁ。
今の日本も、中国のいいなりになれば、それなりに"平和"なのかもしれませんが、
それでいいのかどうかって話ですよね。


結論としては、わたしも出てみたいと思った・・・ってことです(笑)
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けんぽう手習い塾にツッコミ
マガジン9条のここが?ってところにツッコミを入れる、マガジン9条にツッコミ。
今回も前回に引き続き、伊藤真のけんぽう手習い塾にツッコミを入れたいと思います。

今回は世論調査の結果を引用しつつ・・・になりますね。
以前にもエントリを立てた朝日新聞の世論調査を引用したいと思います。

 国会が国民の要請を受けて、改憲の発議をしようと思えば、いつでも国民投票法をつくって発議することができるのですから、国民投票法がない状態を国民の人権が侵害されている立法不作為状態だというのは間違っています。



-朝日新聞の世論調査より-
憲法改正については97年以降、同じ質問を重ねている。「必要」は46%(97年)→47%(01年)→53%(04年)→56%(05年)→55%(今回)で、「必要ない」は39%→36%→35%→33%→32%。「必要」は3年連続で半数を超えたが、今回は伸びが止まった。
-朝日新聞の世論調査より-

というわけで、"あの"朝日新聞の世論調査でも、改憲の必要性があるという結果が出ています。
一応は、国民の要請があるとみてかまわないのではないでしょうか?


9条改憲の必要性を多くの国民が感じたら、その段階で国民投票法を作ればいいだけです。



-朝日新聞の世論調査より-
9条改正を巡っては、1項(戦争の放棄)、2項(戦力の不保持)とも「変えない」が42%。「変える」は「1項、2項とも」18%、「1項だけ」9%、「2項だけ」16%を合わせて43%だった。
-朝日新聞の世論調査より-

あえて、伊藤センセの土俵に乗ってみましたが、"あの"朝日新聞の世論調査でも、
憲法9条を変えるとする意見が43%と、ほとんど誤差の範囲だと思いますが、
変えるor変えない、拮抗したものとなっています。
伊藤センセのおっしゃることをそのまま受け取ると、国民投票法を作ってOKってことですよね(笑)


本来、国会議員には憲法尊重擁護義務(憲法99条)があるので、現行憲法を維持し、それを実現する方向で活動することが求められています。あくまでも国民の要請があるときに、96条の改正の発議に限って例外的に許されているだけなのです。原則と例外を逆転させてはいけません。だからこそ、硬性憲法にして国会議員から軽々に改憲を言い出せないようにしています。

  あくまでも国民が望んだときに、国民の代表として改憲の発議をすることができるだけなのです。改憲のための手続法の整備と憲法尊重擁護義務とは関係ありません。



ですので、今のところは種々の世論調査の結果などからも、国民の要請があると、
考えても大丈夫でしょう。

っと、すべてがこの調子なんですよね。
もう少し法学者らしく具体的な提案をして欲しいところです。
たとえば、国民の要請が憲法改正の発議をする場合は、
有権者の1/50の署名が必要が必要・・・っとかね。
今、有権者数は、5000万人弱だったような覚えがあるので、
100万人分の署名が現実的か非現実的かはさておいて、です。
そうした、法学者らしい具体的な提案があるのならばまだしも、
とにかく改憲反対、国民投票法制定反対では、
それは、法学者じゃなくってただの運動家だと思います。


今回も、ちょいと短いですがこのへんで。


追伸
わたしのここのブログに出しているメアドにここ数日死ぬほどスパムメールが送られてきます。
これもきっと、マガジン9条関係者の嫌がらせですね(笑)
なーんて、冗談をいってみたりして^^;
中には上手い!ってスパムもあるのですが、だいたい同じような感じ。
もっと、クリエイティブにいきましょう(笑)
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逆効果?

後継首相は平和憲法継承を 中国党幹部が表明
来日中の中国共産党中央対外連絡部アジア2局の李軍局長は8日、都内で自民党の武部勤幹事長、社民党の福島瑞穂党首とそれぞれ会談した。

 李局長は、福島氏との会談で、ポスト小泉について「戦後日本の発展の道筋は(現行)憲法にあり、平和を守る道を維持していただきたい。そういう路線を継承する方を希望したい」との見解を示した。中国共産党幹部が日本のリーダー像に直接言及するのは異例。

 小泉純一郎首相の靖国神社参拝に関しては「中国国民に、日中関係を良くしようという日本国内の流れを説明しても、首相が参拝すれば、何を言っても『中国人の気持ちを無視されている』となり、苦労している。大変心配している」と参拝しないよう重ねて求めた。


これって、言えば言うほど逆効果だと思うのですが・・・
わたしは中国って、戦略的な思慮深い国だと思っていたのですけれども、
こういうことって言えば言うほど、中国の言うとおりにした政治家が中国の手先と思われて、
あまりよろしくないと思うんですよね。

むしろ何事もOKと煽りに煽って日本国内を暴走させ、中国と激しく敵対するようにした方が、
中国としても軍拡の正統性ができ、国際世論の支持もえやすいのでは?

話は違いますが、今朝方、会社の近くを、
くされ右翼の街宣車が大音量で軍歌をかけて走り回っていました。
せっかくの朝の珈琲が不味くなりました・・・ほんまに迷惑。
あれもそうで、本人さんたちは良かれと思ってやっているのでしょうが、
あんなもん朝っぱらから五月蝿くされる身になってみるとむしろ逆効果なわけで。

それと同じで、中国が口を出せば出すほど、日本人の反発を食らうのではと、わたしは思います。
口を出して、日本の選択肢を狭めているとは、思えない。
ただたんに自国内を反日を煽りすぎてしまった分、
後戻りできなくなっているとしか、わたしは受け取れませんです、あい

つか、これに対して、福島党首はなんて答えたんでしょうね・・・そっちの方が気になります。
激しく同意してたんですかね(笑)


ちょいと仕事が忙しいので、今晩はこれぎりでございます。
いつになったら休めるんだか・・・
休むのは死ぬ時だけやっていう前の会社の上司の言葉が妙に耳に残る、あいおうでした(笑)
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生きるといふことは矛盾だらけなんだなぁ。
ここのところ憲法以外のことばかりエントリしている当ブログ。
そういうときもあるだろさと、一笑にふしていただけましたら幸いでございます。

さて、表題の件について。
わたくし、中学生の頃、社会科クラブなる必修クラブに所属しておりました。
Wという先生が顧問をしていて、やることといったら、NHK特集のビデオを見たり、
地図を眺めてなにやら調べモノをしたりのなにやらよくわからない必修クラブ。

んで、そのクラブで見たNHK特集で、
核戦争、そして核の冬を取り上げたドキュメンタリー番組がございました。
内容はというと核戦争が起きたら人類はどうなるのか。
核の冬とは具体的にはどのようなものなのか。
それをアニメーションや実際の実験の映像などを使って紹介していました。
人類が死に絶え、ネズミとゴキブリしか生き残らない世界がそこにありました。


その日をさかいに・・・三日三晩にわたって、わたしは核戦争に遭遇し、生き残り・・・
そして核の冬を生き抜く夢を見ました。
未だに夢の内容を覚えています。


チェルノブイリの原発事故もあったことから、反核運動が盛んな時期でもありました。


わたしは当時、佐野元春さんを聞いていました。
ブルーハーツなんて聞き出したのもこの時期。
そんなこんなで、反核ソング・・・聴いてました。
原発はやっぱいかんよなとも思っていました。
そいや、RCサクセションのCOVERSが発売禁止になったのもこの時期だったかな?
所属レコード会社の東芝EMIが、
親会社の東芝が原発開発会社だったことに遠慮して・・・っということだったようですが。

そうこうしているうちにわたしは大学に進学し上京し、一人暮らしをはじめます。
時間に余裕があったため、くだらないことをいろいろと考えるようになりました。
高校の頃はあまりしなかった"ファミコン・スーファミ"なんてものにも手を出し、
母親と別居中の父親の家に転がり込んだこともあり、バイト代は丸々お小遣いに。
家電製品がみるみるうちに充実していきました。


あるとき、ふと思いました。
わたしのこの家電製品を動かしているのって、原発の電気じゃない?って。
それ以来、原発に対して反感の気持ちはほとんどなくなりました。
というより。
電車にしてもなんにしても、今、わたしが生きている以上は、
原発からの電気を使わないわけにはいかないじゃないって、思うようになったんだよね。
たとえそれが原発からの電気じゃなくても、火力発電所であれば空気中に二酸化炭素や、
その他有害物質を微量ながらも排出しているわけで。

山の中に篭って、近代文明を一切断つ生活をしなければ、
こうした矛盾を解消することはできません。


たとえば。
原発に反原発を電車で訴えに行く。
・・・その電車の電気は原発によって作られたものかもしれません。
嗚呼、矛盾(笑)

ネットのウェブサイトで反原発を主張する。
・・・PCの電気は原発によって作られたものかもしれません。
嗚呼、ここでも矛盾(笑)


わたしが原発屋さんに言えるのは、
どうか安全に確実に運行してくださいませ・・・ということだけです。
日本はそもそも資源の少ない国。
また、全世界的に化石燃料の枯渇も叫ばれています。
資源を有効利用するためにも、原発って必要だと思うんですよね。


これはちょっと微妙な矛盾だとは思うのですが、
人類が生きていくってことは、こうした矛盾をかなりはらみつつ、です。
技術の進歩で解決されていく矛盾があれば、また生まれる新たな矛盾もあります。
技術に限らずとも、反米を叫びつつ米軍に守られている図などなど、
完全に潔癖であるということは、絶対にありえないわけで、
何事も適当に・・・がよいのかなと思った、けふのゆうぐれどきでございました。

今晩はこれぎりでございます。
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君が代は
けふはちょいと調べ物がございまして、図書館なんぞに赴いておりました。
気分転換に新聞を読んでいたのですが、朝日新聞の読者投稿欄"声"に、
かような投稿が寄せられていました。
ちょうど、エントリ立てられていたmumurさんのブログから引用させていただきますね

「君が代」という歌は、つくづく日本語の音節を無視した歌だと思います。
「キミガア」と変なところで伸ばして切るところから歌は始まります。「ヨーオワ」。要するに切るところと伸ばすところが、歌詞と合ってないのです 。
次はもっと変です。「チヨニーイイ」。何で伸ばすんだと思っていると「ヤチヨニサザレ」と変なところで切ります。次は突然「イシノー」ときますから、小さい頃は友達の石野君のことかと思っていたら、先生がさざれ石は、細かい石だと教えてくれました。
「コケノー」と歌って、いったん切ってから「ムースーウ」。なんのことじゃと思っていると「マーアアデ」と突然終わります。
要するに、「万世一系の天皇陛下の御世が、細かい石が岩になって苔が生えるまで続いて」という歌です。
「君」とは「あなた」のことという人もいます。
オリンピックとかワールドカップなどでは、日本の国歌といえばこれしかないので、仕方ありません。
でも、この国歌を歌わなかったり、歌う時に起立しなかったりする人を非国民呼ばわりするとなると、まるで私の記憶にある昭和10年代初期にタイムスリップしたような気がします。


前段と後段がまったく無関係なんですけれども、国歌に反対する方って、
もうこんな稚拙なことしかいえなくなってしまったのでしょうか。
国歌が国歌たる所以は美しいからではなくて、ただ単にそれが国歌として存在してきたから、
としかいいようがないように思うんですよね。
君が代が挽歌で葬式の歌なのでふさわしくないという主張も見かけましたが、
それもまた無意味なこと。

明治になって国歌ができたときに君が代が国歌になった。
そしてそれが今現在も続いていること自体が、君が代が国歌たる最大の理由だと思うわけで。
昨日のエントリにも書きましたけれども、
日本という国が続いている以上は、
そのシンボルを変える必要が無いと、わたしは思うんですけどね~。
日本が皇室を廃止して共産主義国になったら、
インターナショナルでもなんでも国歌にしてくださいな。
まぁ、その時わたしは大声で君が代を歌って、処刑されるでしょう(笑)


でも、君が代って、別に歌いづらいこともないし、歌詞としても変なものでもないと思うんですけどね。
わたしはこんな感じで歌っています。

き~み~が~ぁ よ~お~わ~
ち~よ~に~ぃぃ や~ち~よ~に
さ~ざ~れ~ い~し~の~
い~わ~お~とぉ な~りて~
こ~け~の~ む~ぅ~す~ぅ ま~あぁ で~

日本のシンボルである天皇陛下及び、皇室の治世が永遠に続くことを歌うことは、
今の日本の形が永久に続くことを歌うこと。
変じゃないと思うんだけどな~。
んでも、君が代に反対する人たちに限って、護憲を主張してたりするから矛盾してますよね(笑)


ってなところで、今晩はこれぎりでございます。
今日もお付き合いありがとうございました。
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愛国心ってなんだろね
久しぶりの更新です。
仕事や家庭の事情(笑)などでゆっくりとネットにつなぐ余裕がありませんでした。
そんな中、世の中はいろいろと動いていたご様子。
一つ前のエントリの共謀罪にしても、国民投票法案にしても、
審議入りしたものの次の国会にまわされることになりそうです。

こうした重要法案の先送りについて、小泉首相が"投げた"と批判する向きもありますが、
わたしは次期自民党総裁、そして次期首相になるひとへの"手土産"なのかな?とも思ったり。
次期首相については様々な思惑があるようですけれども、
半端な気持ちでは務めることはできません。
小泉首相は在任期間中に功罪含めて大きなインパクトを残しましたが、
次期首相に対していくつかの重要法案をプレゼントすることで、
就任直後から大きなインパクトを与え、小泉首相自身の印象を消そうとしているのかな?と、
最大限好意的に解釈しています。


このブログでもたびたび取り上げている国民投票法案と並んで・・・
いやそれ以上かな?重要な法案というと、教育基本法の改正案ってのがあります。
"愛国心"についてどう記述するかということが争点となっているようですが、
愛国心っていったいなんなんでしょうね?

文字通り読めば国を愛する心・・・なのですが、
んじゃ、その国というのはなんじゃらほい?ってなるわけで。

国っていうと、今ある近代国家としての日本を想起しがちですが、
わたしは、今現在の"国体(くにのかたち)"だけでは無いと、思っています。
今の日本を愛することだけが愛国心ではないと。
今までの連綿とした歴史もひっくるめての日本。
愛する対象ってのは、そうした有形無形の2次元、3次元、そして4次元へも広がっていく、
過去から未来へのイメージみたいなものではないでしょうか?

ですので、正直どのような文言が教育基本法に書かれようとも、
実はたいした意味があることではないとわたしは思うんですね。
要するに、教育の中身ではないかと。

んじゃ、今現在、その公教育でそうした、
過去の日本人をリスペクトするような教育が行われているかというと、若干疑問になってくる。
どちらかというと悪し様に過去の出来事を取り上げ、
ネガティブなイメージを植えつけようとしています。

一例を挙げれば江戸時代に尽きると思うのですが、
江戸時代というのは200年以上も日本国内では大きな戦争が無かった時代です。
そして、安定した時勢の中で様々な文化が発展しました。
江戸時代の文化で特徴的なのは町人がその担い手になったということです。
一部の貴族や豪商のものだけではない市井の人々が文化の担い手に。
わたしの勤務先は、いわゆる江戸の"下町"と呼ばれるところですが、
未だにそうした文化の残り香・・・みたいなものを感じることができたりします。

そうした町人が文化の担い手になるためには、技術革新も必要です。
春画なんてものも、一つの文化だとわたしは思うのですけれども、
極彩色の浮世絵が木版刷りで巷に広まっていたわけで、
文化を下支えする技術が江戸時代にはありました。
またその技術も、文化の一つといえるでしょう。

んじゃ、わたしが中高生の頃に教えられた江戸時代はというと、
さすがに春画なんてものは習いませんでしたけれども、
今、思い出すことができるのは、一揆であったり、キリシタン狩りだったりっていう、
どうもネガティブな、くら~いイメージなんですよね。
傘連番みたいなね。
あと切り捨て御免に士農工商の階級社会って感じかな?

でも実際のところはというと、切り捨て御免なんて実際にやった場合、
ちゃんと正当なものであったのかとか、さらには一刀のもとに斬っているかとか、
いろいろと調べられ、斬った方が処罰される場合も少なくなかったり。
士農工商にいたっては、階級的には武士階級が上位ではあったものの、
江戸も中期から後期になってくると、商人階級が裕福になっていき、
それなりに高い身分の武士が、ひたすら豆腐を食べざるをえない、
困窮した生活を送っていたのに対し、
江戸の町人はやれ初鰹だなんだかんだと、旬のものを食べられていたりと、
身分と裕福さが一致しない、ちょっと他の国々では見られない、
よくわけのわからない状況になっていたようです。

もちろん、飢饉が起きたり一概にず~っと、
誰もが皆楽しく暮らしていたとは言い切れませんが、それは今だってそうですよね。
それなりに楽しいことがあって、辛いことがありながらも、
なんだかんだ人は生きていく。
それを辛いところばっかりで切り取って、これが日本の歴史だといわれても、
それはちょっと違うんじゃないのかな?っと、わたしは思うわけです。
もちろん、いいことばっかりを切り取るってのも、同様に反対です。
ただ、今は悪いことばっかり教えすぎているのではないでしょうか?


ちょっと、愛国心から離れてしまいましたけれども、
ありていに言うと、わたしたちは日本に"生まれてしまった"んです。
これはもうどうしようもない運命のようなもの。
父母を選べないのと同様に、生れ落ちる国を選ぶことはできません。
一部"進歩的"と自称する人々が、国籍を選択する自由などと主張する場合もありますが、
確かに、手段を講じれば国籍自体は変えられます。
わたしも、アメリカ人になろうと思えばそれなりに簡単にできます。
(なろうとも思いませんが)
しかし、日本人だった事実は変えることができません。
わたしの叔母は結婚してアメリカにわたり、アメリカ人になりましたが、
未だに、日本人だったことで、目に見えない差別というか・・・区別を受けています。
これはもう、どうしようもないこと、だとわたしは思います。

んじゃ、諦めるしかないの?っていうと、それもまた違うと思うんです。
愛国心ってことを声高に言わないまでも、なんてのかなぁ・・・
自分自身の親を慈しみ受け入れるように、自然に、日本という国の過去を背負い、
未来に責任を持とうと思えるような教育をすればいいのではないでしょうか。
いいところもわるいところも受け入れ、いいところは伸ばし、
悪いところは直すことができるような教育。

今の教育は、おまえんとこのとうちゃんはこんなに極悪非道で根暗だったということを、
一方的に教えて、お前はそうなったらあかんでって、ゆってるだけなんですよね。
それはちょっとちゃうんちゃう?とわたしは思います。


では具体的にどうしたらいいのかっていうと、わたしにはよくわからないというか、
もう少しじっくりと考えなければならないとは思うのですが、
とりあえず、自分の住んでいるところのゴミ拾いとか、近所の人に挨拶したりとか、
そういう身近なところから初めて、自分が今居る場所を好きになることが、
その一歩なのかなと・・・そして、それを日本っていう国や歴史に広げていくことが、
大切なのではないのかなと思い、日々、子供達と格闘するあいおうなのでした。


ちょっと長くなりましたが、今晩はこれぎりでございます。
お付き合いありがとうございました。
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共謀罪、一転成立強まる
共謀罪、一転成立強まる 与党が修正案丸のみ

「共謀罪」を新設する組織犯罪処罰法などの改正案をめぐり与党は1日午後の衆院法務委員会理事会で、民主党が提出した共謀罪の適用範囲を限定する修正案を全面的に受け入れる考えを表明、2日午後の委員会採決を提案した。民主党は採決に先立つ質疑で政府側の見解をただし「納得できる答弁」が得られれば採決に応じる方向。同改正案は一転、今国会中に成立する見通しが強まってきた。
 民主党が4月に提出した修正案は(1)共謀罪の適用を国境を越えた組織犯罪集団が関与した行為に限定(2)対象を政府案の4年以上の懲役・禁固に当たる罪から5年超の犯罪に絞る-が柱。同党は、その後の与党側との修正協議も踏まえて新たな修正案をまとめ2日の法務委員会に提出する。


このブログは一応は憲法に関連するブログということで、
その他のニュースについてはあまり取り扱いませんでしたけれども、
このニュースは興味があったので、少しだけ取り上げたいと思います。
といっても、一言だけなんですけれども・・・

民主党さん、自分とこの法案・・・

反対しませんよね?



民主党内から造反議員が出そうで法案の内容以前に、民主党内の動向が気になります。
まさか与党が丸呑みするとは思ってなかったんでしょうねぇ(苦笑)
事前に裏で与野党が合意していたらそれはそれですごいことですけれども。

国民投票法案もひょっとしたらこういった展開、ありえそうですね。
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国民投票法案審議入り
さて、けふは国民投票法案が国会で審議入りいたしました。
とはいえ、今国会での成立は難しそうな情勢で、
新聞各紙を見ていると、戦後初めて審議入りしたこと自体がニュースになっているようです。

国民投票法案が審議入り 今国会成立は見送り

 自民、公明の与党と民主党がそれぞれ提出した憲法改正手続きを定める国民投票法案が1日、衆院本会議で趣旨説明と質疑を行い審議入りした。
 昭和22年の現行憲法施行後、憲法改正に関連する法案が議論されるのは初めて。

 ただ、政府、与党は今国会の会期延長を見送る方針を固めているため、同法案の成立は次期国会以降に持ち越されるのは確実だ。

 法案は与党提出の「憲法改正手続き法案」と民主党の対案「国民投票法案」。与党と民主党は3党共同提出を目指し、法案の擦り合わせ作業を進めてきた経緯から、両案の内容には共通部分も多い。

 このため、与党側は衆院憲法調査特別委員会の審議を通じて共同修正を図った上で、参院に送付したい考え。しかし、民主党は小沢一郎代表が与党との対決色を鮮明にする戦略を打ち出し、当面は修正協議に応じない考えを表明しており調整は難航が予想される。

 法案は与党案が憲法改正に限定しているのに対し、民主党は「国政の重要な問題」にも国民投票を実施できるとしている点が大きな特徴。

 また投票年齢に関しても国政選挙と同じ20歳以上と主張している与党と原則18歳以上を掲げる民主党の間で議論が展開されそうだ。

 憲法改正の承認に必要な「国民投票の過半数」の定義については与党は賛成が「有効投票の過半数」の場合とする考えだが、民主党は「投票総数の過半数」と規定、隔たりがある。

 大きな焦点となっていたメディア規制は最終的に双方とも設けないことで一致。ただ、両案とも投票前の7日間、テレビやラジオでスポット広告を禁止した。


ちょっと前のエントリでも取り上げたので、あえて深くは掘り下げませんけれども、
この隔たり自体は、自民党、民主党ともにその気になれば埋められるものなので、
あとは民主党小沢代表の胸先三寸次第・・・ってことのようです。


朝日新聞では衆院憲法調査特別委員会の内容が記事になっていました。

憲法改正CMで議論、衆院憲法調査特別委 

憲法改正の具体的な手続きを定める国民投票制度を検討している衆院憲法調査特別委員会が1日、開かれた。国会が発議した憲法改正案の賛否の意見広告をテレビで流すことへの規制の是非が焦点となり、参考人のコラムニスト天野祐吉氏が「テレビCMは使い方次第でマインドコントロールの手段になる。法的規制ではないが、CMが公平に行われるような共通のルールを作ってほしい」と述べた。

 一方、日本民間放送連盟放送基準審議会委員・放送倫理小委員長の山田良明氏は「テレビCMが著しくバランスを欠くと問題だが、放送の自律性を考えれば、各放送局が日常的に運用することで解決していくべきだ」と発言。意見広告を出す際の基準をどうするか、民放連として自主的なルール作りの検討を始めていることを明らかにした。

 広告規制をめぐっては、与党案と民主党案のいずれも、国民投票が行われる7日前からテレビやラジオなどで憲法改正の賛否に関する広告放送をすることを禁じている。


CMについて議題に上がっていたようですけれども、
実際問題として政党が出す意見広告は無料なんですよね。
そして、投票7日前からのCMは放送禁止でもあったり。

正直申しまして、ものすごい高額なお金を払って、
テレビのゴールデンタイムに意見広告を出し続ける団体って、
あんまり内容に思うんです、わたくし。

改憲側として意見広告を出しそうな団体の一つとして、
日本会議がありますけれど、そんなにそんなに金、無いですよ(笑)
ゴールデンタイムのスポットCM(15秒)で今、だいたい200万~300万ってとこでしたっけか。
効果的な広告をするためには、それを各局に集中的に放送しなければなりませんから、
その数十倍~数百倍の料金は必要になります。
はっきりいって、億単位・・・ですよね。

それは護憲側とて同様で、深夜や早朝枠に限って放送すれば、
予算は格段に減りはしますけれども、誰も見ない時間帯にCMだけがやけに流れている、
一時期のハウス食品のCMだったり、バンテリンのCMみたいな状況になるわけで。

確かに、お金さえ払えば流せるという状況ではあるのでしょうけれども、
そのお金を払う団体がどれだけあるのかというと、かなり疑問だったりします。

ですので政党の無料CMを放送し、7日前から禁止っていう与党と民主党案ってのは、
結構現実的だと、わたしは思いますです、あい。


あと効果的な広告でいうと、山手線とか混雑する電車の釣り広告、ね。
テレビCMを流すより、そっちの方が、こういったお堅い問題の場合、よっぽど効果的だと思いますよ~。
護憲派の皆様方、是非、出稿してあげてください(笑)
確か、2日で150万~200万くらいだったような気がしますよ。
って、営業さんみたいですね、わたし^^;

今晩はこれぎりでございます。
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